第1章

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 参拝者らしき姿で巡るなら菅笠、金剛杖、白衣(南無大師遍照金剛、同行二人)入り、輪袈裟、数珠、頭陀袋は揃える必要がある。  さらに付属品として納経帳、経本、ローソク、線香、ライター、納札、御影帳などは必需品だった。  これらの品を二人分揃え、ワンセットを嶋木加奈子に渡した。出発当日はJR牟岐線橘駅で待ち合わせることにした。  中浦の家から橘駅までは歩いて三十分ほどだった。上は白衣を着て下は紺のトレーニングパンツにした。  基本的には歩き遍路になっているが、草鞋というわけにはいかず、歩き慣れたウォーキングシューズにした。これだけは加奈子にも伝えてある。  早朝とはいえ巡礼姿で外に出ると、何となく人目が気になった。運悪く近所の婆さんと顔を合わせてしまった。 「おや、緒方さん、信心深いことで結構でございますな。道中お気をつけてお出でなさんせ」  やけに丁寧な言葉で送り出してくれた。語尾は阿波弁だった。 「ご先祖さまと、亡くなった家内の供養に参ります」 「おう、おう、ますます結構ですな」  この婆さんは、まさか雅宏が色欲落としの発心で、巡拝するとは夢にも持っていないだろう。後ろめたい気と結願はできまいという予測とがない交ぜになって、申し訳ないような複雑な思いだった。  なにしろ、結願なったときは色欲の権化みたいな緒方雅宏がオサラバするときだから、雅宏自身どう体が変化するのか愉しみでもあった。  嶋木加奈子はまだ来ていなかった。気が変わって中止するのかも知れない。雅宏はそれならそれでいいと思っている。  若い娘だ、発心もない身で四国をぐるりと回る旅だ。それも大半は歩き旅となれば、嫌気がさしたとしても無理はない。  待合室から眺めていると、加奈子がタクシーで乗り付けて来た。 「お、ま、た、せ……」  弾むような挨拶だった。  上から下まで眺めると、すらっとしたスタイルがほどよく似合って、清々しい巡礼姿である。  列車は始発駅徳島六時五十分発海部行きに乗る。海部で甲浦行きに接続することになっていた。橘駅には七時五十一分に着き、一分後に発車する。
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