第1章

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 車内は空いていた。薬王寺がある日和佐駅には八時二十四分に着く。一時間三十三分の鈍行旅だった。  単線だから時々急行列車が走り過ぎて行く。そのため途中二、三箇所の駅で三分五分と待ち合わせする。その待ち合わせ時間が割引きされて安くなっているのだろう?  車内は両側に長椅子が伸びているだけで、向かい合わせの座席はなかった。 「仕事は大丈夫かい?」  雅宏が気にっていたことを訊ねた。 「大丈夫、爺ちゃん婆ちゃんも頑張っているから」 「二人ともかなりの歳だろう」  母親の美春とは同級生だから、生きておれば六十二歳になる。祖父母の時代は早婚が当たり前だった。祖母が十七、八で嫁入りしたとして、美春を産んだのが二十歳前後と仮定すると、八十二、三にはなっている。祖父はいくつか上として八十五、六辺りだろうか。 「祖母は八十五、祖父は八十八の米寿です」 「それでまだ現役?」 「船には乗らないけど、足腰はまだまだ若いと吠えているわ」 「へぇ、なら抜け出ても大丈夫なんだ」 「でも、連れは緒方さんとはいってないから」  美春と付き合っているときはしょっちゅう遊びに行っていた。祖父母とも顔は合わせていた。二人とも温厚な人だった。  そんな雅宏と孫娘が、お四国参りの旅に出たと知ったらどう思うだろうか。三年前に古里に帰りそのまま住み着いている。  今度は孫娘を誑かすつもりか、それとも美春の供養に八十八ヶ所参りをしているのか、どちらと思うだろうか。  加奈子にしても、どこか後ろめたいものがあって、話さなかったのだ。  日和佐駅に着いた。出口は海側と薬王寺側の二つある。二人は当然薬王寺側に下りた。帰りの時刻表を確かめて駅舎を出た。  出たところが町の駅だった。海辺の町だから海産物が豊富に並んでいた。  歩いて五分ほどで山門に着いた。この寺は厄除け寺として広く知られている。  女厄除け坂が三十三段、男の厄除け坂が四十二段で、お賽銭の置き方が変わっていた。厄除け祈願にきた男女は、それぞれ硬貨を歳の数ほど数え、石段に落としながら登るのだった。 「面白い、お寺さんは商売上手や、ほんまにうまいこと考えつくもんやわ」  加奈子が感心しきっていた。
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