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私はあの人とキスをする。
職場で、人気のない公園で。
――感情を殺して、
ただ唇を重ねるだけのキスを。
「蒼子ちゃん。
お昼、なに食べようか?」
目の前を歩く男が、脳天気な笑顔で振り返る。
「室長はなに食べたいんですか?」
「もー、蒼子ちゃん、
出掛けたときは『室長』禁止、だよ?
名前が無理ならせめて、先生くらいで呼んで」
「……はい、先生」
私の返事に嬉しそうに笑うと室長――
先生は、あれも食べたい、
これも食べたいと悩み出した。
……先生とこうやって出掛けるのは、
もう何度目だろう?
アラサーの私のことを蒼子ちゃんと呼ぶ、
壮年のこの男は職場の上司だ。
上司といっても、小さな研究室で
室長と助手の私の二人っきり。
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