母性

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「警察に行かなきゃっ……」 動揺して顔色が悪くなった雪さんが携帯電話を取り出して、俺は慌ててその手を止めた。 「待って!!」 「どうして?」 「きっと、それ、俺の知ってる奴だから!」 「……どういうこと?」 飛び出してきた俺の発言で、少しホッとしたような隣人は、 「怪しい人じゃなかったわよ」 と、 会釈して、さっさと自宅内に引っ込んでいく。 その第一印象もどうかと思うけど、 「……俺の取材先の研究員だと思うんだ。美人で赤い外車に乗ってたから」 今、警察沙汰になれば、事態がややこしくなるのが容易に想像ついて、 「何で、その人がうちの娘を連れ出すのよ?」 「…………それは……」 あの女の嫉妬心くらい、 俺次第で何とかなると思っていたんだ。 「色々詮索し過ぎた俺への警告かもしれない。 俺にとって、大切な人間は、律子と雪さんたちしかいないし……」 あながち間違いじゃない事件。 井上博士の記事を書かない俺への脅迫も含まれているかもしれない。 「その女性と連絡取れるの? 住んでるのはどこ?研究所は?私向かうから」 俺は頷いて篠崎美和に再度電話をかけながら、 ……更に 青白くなった雪さんの顔を見ていた。 こんな状況なのに、 雪さんを独り占めしている幸せを 微かに感じるなんて…… 「もしもし? 菜月は一緒なのか?」 一度 開花した悪の華は、 あっという間に 咲き乱れて、 命を枯らしていく______
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