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″ ゆかり ″
確かにこの男、私をそう呼んだ……。
「ま、待って!」
病院のようで、病院じゃない、
個人宅のようで、そうじゃない、
その薄暗い一室から、
私を置いて出ようとするエイドリアン博士の背中に声をかける。
「篠崎が拐った娘に会わせて!」
篠崎美和と、
エイドリアン博士の目的がよくわからない。
「……悪いけど、その子の事は私は知らないんだ。」
振り返り、
再び、動けない私の側に寄ってきたエイドリアン博士、
「地上に煩わしい人種が多すぎて、
歩くだけで疲れてしまうよね、
東京って」
意味不明のことを言って、
そっと、私の頬に触れた。
「数年前の 君の華やかな裸体の写真を見たよ。
バラの中の貴女はとても美しかった。」
「…………」
顔をゆっくりしか動かせない私は、
横に振っても、その手を払い除けることができない。
「桃田和哉を使う際、過去を調べていたら、君や水城ユウの事も一緒に上がってきたんだよ」
…………だから
研究所で篠崎から私を教えられた時に、
ハッとした顔をしていたのね。
「私は奥ゆかしい日本の女性が大好きだ。
女はそんなに忙しく動き回る必要はないと思う」
そして、
また、わけのわからない事を言い出す。
だけど、私たちの事を知ってるのなら話は早い。
「夫を薬で治してあげてください」
「美和が投与して、もう、彼は治ったみたいだけどね。」
「え」
どうして、 あの女が、ユウを?
…………まさか……
「ケガが治ったらここから出して、お願い!」
____あの時、
ガードレールにぶつけた車から
ガソリンの臭いと、
何かが燃えていく音を聞いて、
確実に自分は死ぬんだと思った。
昔の罪が、
死神を呼んでしまったんだと……
「君の命を拾ったのは私、
君の未来を決めるのは私の権利だと思っている」
「…………な」
……なに、いってるの?
「もう少ししたら、地上には、
地球にとって必要な人間が多く残るはず」
学力的に頭のいい人は、
人権なんて簡単に無視してしまうの?
「世の中にゲイと年寄りはいらない、ね、ゆかり」
___″ゆかり″ って、誰?
「本物のゆかりは、もう少し年を取ってるかな?」
ずっと、
意味不明の言動をするエイドリアンは、
腕を動かせない私に
また、
点滴で何かを投与し始めた。
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