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そのあと君は、家の中を興味深そうに見渡していたから、
俺は『柊哉君、君に特別に家の中を案内してあげるよ。』なんて言ってみた。
『ここが寝室、ここが物置にしてる部屋、最後にここが暗室、以上。な?狭いだろ?』
ゆっくりとそれぞれの部屋を案内しても、5分もかからない。
『狭いなんて....夢みたいな空間ですね。必要なものが必要なだけあって、ちょうどいいです。いいですね、こういうの。憧れます。』
『悪くいえば何にもないだろ?でも、ありがとう。お世辞でもうれしいよ。』
『お世辞なんかじゃないです。本当に、こういうのいいですね。』
物置にしている部屋といっても、ちゃんと片付ければクイーンサイズのベッドが一つ入るくらいの大きさはある。
『柊哉、今晩、俺のベッド使って。本当はさ、こっちの部屋片付けたら、ちゃんと寝室になるんだけど....』
『いえ、僕はリビングのソファーで充分です。』
『それは駄目だよ。初めてのお客さんなんだから、ベッド使って。』
正直いえば、ここは俺の隠れ家だった。離婚した後も、ずっと彼女がいなかったわけじゃなかった。
だけど、この特別な空間にだけは、誰も入ってきて欲しくはなかった.............だから、君が初めてのお客さんだったんだ。
クスクスと君が笑った。
『お客さんって.....遼介さんって面白いんですね。でも僕、本当にソファーがいいです。さっき、デッサンしてきたのに、ちょっと手を加えてみたいので、眠るかどうかわからないし。』
『そう。わかった、じゃあ、好きにしていいから。』
それから俺達は、途中で買ってきたカップラーメンとパンで軽く夕食を済ませた。
『急だったから、こんな食事でごめんな。いつもだったら、もうちょっとマシな食事ができたんだけど。』そう言い訳する俺に、君は、『ここで食べたらなんでも美味しいです。』って。『カップラーメンだって、高級に見えます。』って言った。
食事の後君は、ソファーに両足を折り曲げるようにして座ってから、太腿のところにスケッチブックを置くと、ちょっと描きにくそうに鉛筆を動かし始めた。
君はどうやら、描くことに集中すると周りの音が聴こえなくなるらしかった。
「その時さ、俺、こっそり君の写真を1枚だけ撮ったんだよ。
君は気付いてなかっただろ?
ほら、これ見える?なかなか上手く撮れてるだろ?」
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