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『遼介さん.....待って....はー。はー。』
『もう少しだから。頑張れ!ほら、樫の木!見えてた!』
『はい。はー。はー。』
樫の木の間を抜けると、空がますます明るくなってきて、視界が開ける。
『間に合ったな。大丈夫か?ごめんな。』
『....いえ...』
君に目を向けると、背負っていたリュックの片方の肩紐がずり落ちて肘の所に引っかかったまま、膝に手を置いて苦しそうに肩で息をしていたんだ。だから、俺は無理矢理握った君の手をそっと離した。
離した手がやけに熱かったのを覚えてるよ。
山の上が少しづつ明るくなってきて、蒼色の景色に色をつけ始める。明るくなるにつれて、2本のモミの木の陰も形を変える。
広げた枝の隙間から、様々な太さの光が......ひとすじ、また、ひとすじ.........と。
そして、何本もの光の線が降り積もった雪に吸収される前に、キラキラと輝やく。
朝日が作る一瞬の光景。
俺は夢中でシャッターをきった。
『....遼介...さん。』
君がこの景色を気に入ってくれたかどうか心配していたけど、この時、君に呼ばれて振り向いた俺の目に映ったのは、その景色よりも、もっと綺麗な.....君の...
『.......っグス....僕....今すぐ描きたいです。』
俺は、とっさに手を伸ばして、君の涙を拭った。
『涙....凍るぞ。』って、そんな言い訳をしながら。
それから、持ってきた折りたたみの椅子を広げて、君を座らせると。描くことに集中できるように、そっと離れた。
少し離れたところから、絵を描いている君を見ると、この壮大な景色に馴染んで。一枚の絵画のようだった。
俺はカメラを構えると何回も何回も君に向かってシャッターをきった。
君の許可なんてとってもいなかったのに...
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