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雪崩
「あっと、ほらこれ。」
満開の桜を柊哉に見せたいと思ったから、許可をもらって中庭に連れ出したのに、ベンチに腰掛けて近くにある桜の木を見上げると、“柊哉に桜を見せたい”のではなくて、俺が“柊哉と一緒に桜を見たかった”ってことに気づく。
「見て柊哉。これがその時の君の写真。ほら俺、バカみたいにいっぱい撮っただろ?」
普段ならたくさんの写真の中でいいものだけを選んで残しているけれど、初めてログハウスに行った時のこの写真だけは、何故か全て残しておきたかった。だから俺は、それを簡易用のアルバムに入れて保管していた。
朝日があたってキラキラと輝く雪の只中で、懸命にスケッチブックに向かう君の動きは静かすぎて、同じような写真ばかりが何十枚にもなってしまったけれど。
「同じように見えても、ちょっとずつ違うから全部好きなんだけど、この中ではこれが1番好きかな?ほら、可愛いだろ?可愛いなんて言うと嫌?」
柊哉が上を向いて一瞬だけ空を仰いだ瞬間を、斜め横から撮った1枚で、朝日がちょうど後頭部のところから当たっているから、少し茶色の君の髪が部分的に金色に輝いて天使のようだ。
「そういえば、君が後で教えてくれたんだけど。
俺が、君の髪に初めて触れた朝、本当は起きてたんだって。俺がすぐ声をかけなかったから、起きてますって言いにくくなっちゃったみたいなんだ。
髪に俺の手が触れて、なんだか顔が赤くなった感じがしたから、横を向いたのに、俺が君の髪を耳にかけたりしたから、もっと恥ずかしくなっちゃって、起きるタイミングがわからなくなったって。ドキドキしたって、言ってたよ。赤くなってたのかな?暗かったから、俺にはわからなかったんだけど。」
中庭に出る前は、風もなく穏やかな天気だったのに、時間が経つにつれ優しく風が吹いて、桜の花びらが舞い散る量が増えてきている。
「なあ、柊。桜...綺麗だな。落ちてくる花びらが、あの日の雪みたいだ。」
サァッと風が吹いて柊哉を撮ったアルバムの上にも数枚の花びらが落ちたから、俺はふうっと優しく息をふきかけてそれを飛ばす。
「それで、どこまで話したっけ?
えっと、君と初めてログハウスに行った時の事だったよね?それからの俺達は.........」
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