雪崩

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『携帯...持ってないって言ってたよな。』 東京に戻って、またすぐに俺達の日常が始まると思っていた。だけど、次の日から君と会えなくなったんだ。 いつも君が乗る駅に君はいなかった。次の日も、その次の日も。 リビングで寝たりしたから風邪でもひいたのかなって、俺、最初は心配したんだけど、同時にホッとしたんだ。君と離れるいい機会なのかもって。 これ以上君に関わって、もっと君を好きになってしまったら....それで、もし気持ちが溢れて君に好きだって言ってしまったらって。 男の俺からそんなことを言われたら、嫌だろうなって。 2週間経ったくらいかな、俺にはもっと長いと思えたんだけど。 いつもの駅のいつもの場所に久しぶりに君が立っていて、ドアが開くのが待ちきれないというように、自動ドアをこじ開けて俺の隣に駆け寄ってきたんだ。 『遼介さんお久しぶりです。この前はありがとうございました。お礼が遅くなってすみま.....じゃなくて僕.......僕の.......あの...』 『どうした?ちょっと痩せたんじゃないか?落ち着いて話して。俺は逃げないから。』 少しの間君に会えなかっただけなのに、少し痩せた君が俺の知らない人のように見えて、俺は寂しさを感じていたと同時に、こんなにも君に会いたかった“自分”に気づいた。 『あっはい。えっと、この前の絵。出来たんです。』 『もう?』 柊哉の専攻は油絵だ。詳しくはないけど、油絵を描くって時間がかかるものだと思っていた。 『実際にはまだ乾いてないし、仕上げもしてないんです。けど、自分なりに納得がいくところまで描けたので、それを遼介さんに1番に伝えたくて。』 『目の下のクマがひどいな。もしかして寝てないのか?』 『あ...昨日は寝てないです。 昨日は...っていうか、あれからあの風景を、心に映ったあの風景が色あせないうちに描きたくて。だから学校には最低限だけ行って。後は....ちょっと眠って描いて。 それで、遼介さんにすぐに教えたくて....絵が.....すみませんなんか、やっぱりちょっと眠い。』 何日もろくに眠っていなかったんだろう。話している間に君は、俺の肩に頭を預けて眠りに落ちた。 もうすぐ、俺が降りる駅。 俺にもたれて眠った君。 俺は迷わず携帯をポケットから出すと、会社に欠勤のメールを送った。
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