第1章 出会い

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『あの....いつもこの電車に乗ってますよね?よかったら......教え下さい......名前...』って君が真っ赤な顔をして俺に聞いた時、俺は君が俺の事を知っていたことにまず驚いた。それから君は『あっ...ごめんなさい。僕は、小野坂柊哉といいます。美術大学の4年生で、油絵を専攻しています。』と俺に自己紹介したあと、もう一度俺の名前をたずねた。その一連のしぐさが妙に可愛く思えて、俺はつい笑ってしまったんだ。 『え...っと、すみません。変..ですよね?..』 『いや、ごめん。変..とか思ったわけじゃないんだ。 えっと、俺は、五十嵐遼介25歳、普通のサラリーマンしてます。』 毎朝たった15分、たったそれだけだったけれど、君と俺だけの時間。いろいろな話をしたよね。 『おはようございます。』 その日の君は、普段のリュックより一回り大きなリュックを背負って、いつもの大きなスケッチブックを抱えていた。 『おはよう。今日はまたすごい荷物だね。』 『はい。風景のデッサンに行こうと思って。だから。こんなに。』 君は、肩から降ろして膝の上に乗せた大きなリュックを目で示しながら、困ったように少し眉を寄せて微笑んだ。 『卒業制作の課題が"光のある風景"なんです。僕、風景画って苦手なので、描けそうな風景をしっかり探さないといけなくて。もうすぐ卒業なので、最後の風景画になるかもしれないし。』 『光のある....それは難しそうだね。』 『はい。光って色が無いですから.....』 『確かにそうだな。難しそうだ。頑張れよ。』 『はい。』 毎朝君が降りている駅に到着するというアナウンスの声が、車内に響いた。けれど、もう少しだけ君と一緒にいられるみたいだった。 君は俺に風景を描くのがどんなに苦手なのかを、一生懸命話した。身ぶり手ぶりで素人の俺にもわかるように優しく話す君の声は、心地のいい音楽を聴いているみたいな錯覚に堕ちいらせた。丁寧に選んだ言葉の一つ一つが俺の胸の深いところを包んで温めているみたいだった。 「あの時さ、“もう、このまま駅につかないければいいのに。”って、そんな風に思った俺は、この時にはもう君に恋していたんだと、今ならはっきりわかるんだ。」
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