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うららかな風がさっきよりも強さを増して吹いている。
まるで私の手の中から湧き起こるかのように。
くるくると舞う二枚の薄紅色を見つめて、半信半疑に言った。
「お代なんて、もってないから」
「けれどお代はきちんといただきましょう。――春風を吹かせてください。贈り物をしてくださいな。そしてどうかその春風で……春一番を、吹かせて下さい」
春風うりが言う。
季節の変わり目、春がくる。
けれどまだ始まってはいないから、早くはじめたいからと。
もどかしそうに願う、それは私と春風うりの別れの言葉になった。
* * *
「お迎えが来ましたよ」という言葉に排気ガス臭い気配を感じて振り返れば、バス停にはバスが着いていた。
慌てて駆け寄る私を待っていたかのように、開いた扉から猫が一匹おりてくる。首輪に『車掌』と彫られた金のプレートをつけた猫は、咥えていた乗車券を私にくれた。
猫と同じ真っ白な乗車券。受け取る時に、あの春風の花びらが手のひらから覗いたのに、ふと公園へと振り返れば、春風うりの姿はもう無かった。
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