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誰が運転しているのかもわからない。私と車掌さんの他に誰もいないバスの中。
横に広いシートに車掌さんと並んで座りながら、私は季節の変わり目にふさわしい、怪しく奇妙なヒトとの出会いを思い出していた。
「車掌さん、これって春風なんだってさ。私ね、春風の押し売りにあったんだ」
薄紅色の花びらが二枚、私の指先にくっついて離れない。
「どんな贈り物も、何処へでも届けてくれる春風なんだって。届けられないものなんてないんだって。さっきから指先ばっかり風に吹かれてるみたいでくすぐったくてね、怪しさ満載だよ」
車掌さんは興味深そうに真っ白なひげを鼻先に寄せながら、私の指先に近づく。
なんだか春風を食べられてしまいそうな気がして、さっとよけると、私は窓の景色に目を向けた。
バスは真昼の町中を走っている。
ゆるゆると景色が流れていく。
知っているはずなのに、知らない光景。
道路、家並み、狭い他人の家の庭を突っ切って。
学校の広い校庭に出れば、商店街の真ん中まで通り抜ける。
不意に、濁った白の建物がバスの進路の向こう側に見えたのに、私の胸が苦しんだ。
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