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「先生って、もしかして、彼女いたことないの?」
ぴくっと反応した俺の瞼の動きを、彼女は気づいてしまうだろうか。
「ノーコメントってことにしておくよ。明日は、長文読解だからね。
辞書で単語の意味を調べるのは三回までにしよう。
前後の文から予測できるようにしとかないとな。」
「はーい。あ、そうだ。先生、明日ってちょっと早めに来れる?
お母さんがケーキの味見してほしいんだって。」
「ケーキ?誰かの誕生日なの?」
「ううん。先生に食べてほしいんだって。」
「わかりました。少しだけ早めに来ますとお伝えください。」
かくして彼女の思春期の好奇心は泡となって消えましたとさ、めでたしめでたし。
「先生、もしかして、彼氏がいるとか?」
軽く持っていた参考書を綺麗なフローリングの床にぶちまけるという失態をしたことを、
隆に話したらどんな風に慰めてくれるだろうか。
「“彼女がいない=男が好き”という公式は、必ずしも成り立ちません。
ノットイコールですよ。」
「先生理数系だったっけ?」
「思いっきり文系だよ。例えだよ、例え。」
これだから、思春期は侮れない。
でも、こんなことであたふたするような俺ではないはずなんだけどな。
こういう状況前にもあったな。
いつもスルーできることにいちいちつっかかってしまうような。
「やっぱり明日は定時に来るよ。」
「えーなんでー。怒ったんですか?」
「いや、恋人と約束があるの忘れて、た。」
「嘘つきです、先生。」
「嘘はついてないよ、生徒さん。」
嘘は、ついていない。
彼女はいないが、彼氏はいるんです。
今日は何処にも寄らないで、
誰にも会わないで、まっすぐ家に帰ろう。
家に帰ったら、少しだけ今日のことを隆に話そう。
そして、久しぶりに何もせずにゆっくり寝よう。
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