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目をつぶれば、楽しかったあの頃を思い出す。もう何度目だろうか、彼の夢を見て目覚める朝は。
散らかった部屋から、ケータイを探して時間を確かめる。もう十一時か……。
洗面所へ行き、洗顔をする。寝起きの顔が酷い顔であるのはわかっているため、洗顔が終わるまで鏡は見ない。
簡単な朝食兼昼食を済ませ、せっかくの休日を無駄にしないよう、今日こそ部屋の片付けをしようと考えていたとき。メールの着信音が鳴った。
はっ、とケータイを確認すると、先日合コンしたときに連絡を交換した、長谷部という男からだった。
はぁ……と、溜息をつく。私もつくづく面倒臭い女だ。
――今日はやっぱり、外に出かけよう。
特に行き先は決めず、とりあえず家を出て、家の近くにある川沿いを歩く。今は桜が見頃のため、人通りが多い。
そういえば、桜が満開の時に、あの人と一緒にこの道を歩いた。
彼と出会ったのは、大学二年のとき。
男嫌いで、今までに男の人と付きあったことがない私を見かねて、友人が紹介してくれたのが彼だった。
「まずは、お友達からってことで」
そう言った彼は、デートの時は必ず30分前には待ち合わせ場所に着いていて、常に私の調子を気遣ってくれた。
最初、私はそれがたまらなく嫌だった。
幼い頃、私とお母さんは、実の父親からDVを受けていた。それからというもの、私の中で"男の人"は乱暴で恐ろしい存在になっていた。
それなのに、どうしてこの人はこんなに私に優しいのだろう。
嫌で嫌で嫌で……。
それなのに、私は彼のことをいつのまにか好きになっていた。
どんなときも、私に笑顔を向けてくれる彼が、たまらなく愛おしかった。どんなときも、歩調を合わせてくれる彼が、たまらなく大好きだった。
後から聞いた話だが、彼は前から私のことが好きだったようで、私の友人に私を紹介するよう頼んでいたらしい。
彼は私を好きで、私も彼が好き。
付き合わない理由がなかった。
でも、いつからだろう。彼の"好き"よりも、私の"好き"が大きくなっていたのは。
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