第二章

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 久野に付き添うため勤務を変わってもらった藤谷の埋め合わせをするために佐々木は病院に残り、久野は一人で大きな玄関の自動ドアをくぐった。はあ、と一つ溜息をついて歩き出す。  今日も晴れて気持ちがいい日だった。そろそろコートをしまって春物を出さなければ、と久野は思う。けれど空の明るさとは対照的に久野の表情は物悲しかった。  帰り道にある文具屋で小さなノートを買った。ポケットに入れられるくらいのサイズで、これならいつでも持ち歩ける。  久野は家に帰ると書斎に入ってノートを広げた。今日の出来事から遡れるだけ過去の記憶を書き込んでいく。最後に、知り合いの名前を書いた。『佐々木薫』という名前のそばには『好きな人』と書き添えた。なんだか改めて文字にするとくすぐったい。  一通り書き終えた久野は息を吐いて、ペンを机に置いた。ノートを読み返してみる。仙台に行った日のことも書いておいた。記憶がない間のところは空白になっている。ズキン、頭が痛む。久野は顔を覆った。  泣き出してしまいそうなのを堪えて、頭痛が過ぎ去るのをひたすら耐える。覆っていた顔を上げると、デスクの前にある大きな窓からは緑の木々が風に葉をそよがせているのが見えた。日常は手の届くところにあるのに、久野の周りだけ時間が歪んでいる気がした。  窓を開けると、冷たさが和らいだ風が流れてきた。久野の茶色い髪を揺らす。息を吸って吐く。そしてまた息を吸って、そのあとの行動を見つけられずに立ちすくむ。陽の光が木々の葉で遮られて屈折しながら落ちてくる。きらめく光に目を細めて、久野は窓を閉じた。  止めていた息を吐き出すと、時計の秒針が一つ進んだ。
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