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とある貧困街に、一人の少女がいた。
栗色の柔らかい髪を風になびかせ、裸足で薄汚れた地面をとてとてと駆けている。
白くか細い足が、歩くたびにどんどん黒く汚れていく。
それに一切構わず少女は走り、黒曜石をあしらったような漆黒の円らな眼を街の隅々に向けた。
誰もが、少女の街をこう呼ぶ。
『暗闇の街』
由来はその有様にある。
隣街の工場から漂う排気ガスが空を覆い、街に蓋をした。
吸う空気は身体に害を及ぼし、汚水された水は川の魚を殺し、飲み水さえ水銀が侵した。
蓋のうちには死が巣食っていた。そいつはとても気まぐれだ。
いつの間にか親友のように、ベッドの枕元に立っている。
「おやすみ」と言って、そっと瞼を優しく、けれど無理やり手を添え、閉じてくる。
それは誰にも防げない。誰もが街に巣食う死を恐れた。
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