第1章

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 でも自分は違う。今すぐ近くにいるのにそれでも足りないと思う位なんだ。  でもこの思いはアラステアにとっては迷惑なだけ…。  「…大丈夫」  セシルはぐっと唇に力をこめキリルに頷いてみせた。  そうしてそのままあっという間に時間は過ぎ去り、セシルが王宮に、そしてキリルとイリヤ王子が南に出立の日になってしまう。  アラステアとの別れの日だ。  衣装をどこから用意してくれたのかセシルはバクスター家の侍女に手伝ってもらって立派な衣装に袖を通した。  公の場に出る事もなく横になっているか自室にこもっているのがほとんどだったセシルは父王が用意してくれていた衣装に袖を通す事はもっと動けた小さい頃以来なかったのに…。  いつも楽なゆったりとした簡易な部屋着がほとんどで、ここ最近は寝巻き姿のままだった。着替える位起きていられない状態になっていたからだ。  それが…瞳の色に合わせたのか薄い紫色の布地に銀糸の刺繍が施された長衣を革の腰ベルトで止め、前に垂らし胸元にも宝石の飾りが入っている。下穿きに革の長靴、そして外套。さらに腰には細い剣まで用意されていた。  …こんなのあっても使えないけれど。  用意が出来るとアラステアが姿を見せた。  「…似合っている。そんな姿を見るのは初めてだな」  「…僕も初めて」  自分で答えておかしくて笑ってしまう。王子なはずなのに初めてなんて!  「腰の剣も…長剣だとセシルには重すぎるだろうからな」  「…ありがとう…あの…」  アラステアがセシルの前に立ちじっとセシルを満足そうに凝視している。  相変わらずアラステアは全身真っ黒な姿だ。  「…本当に…もう…会えないの…?」  「会えないわけではないだろうが…会わない方がいいんだ」  「僕は…会いたい」  アラステアは無言で首を横に振った。  「セシル…元気で。会いはしないが俺はずっとセシルの事は今までと変わりなく見ている」  だったら…セシルに危機がくればまた助けてくれる?  ……とも聞けなかった。
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