第1章

112/115
前へ
/115ページ
次へ
 紹介された薬師にキリルの薬草の調合が書かれた書簡を渡せば食い入るようにそれを眺めてそして溜息を吐かれた。  そして是非教えを請いたいとせがまれたが残念ながらキリルは南の大陸に向かっている途中だろう。  出来ないんだ、とセシルが首を左右に振るとなんとも残念そうだった。  キリルは王宮に出入り出来る位の薬師が教えを請いたいと言う位の腕なのだ。そんなキリルと友達だなんて誇らしいとセシルは顔が緩む。セシルが喜んでも仕方ないけれど、キリルが褒められるのが嬉しい。  キリルの作った膏薬の事も書かれていたらしく、セシルの傷痕を薬師が確認しながら色々を聞いてきて、セシルの分かる範囲で答えていく。  薬師はセシルよりも20も年上位だろうか。キリルはセシルと一つしか違わないのにそんな人にも素晴らしいと言わしめるキリルは本当に優れた薬師なのだ。  そしてそんなキリルだから…アラステアはわざわざセシルの所に連れて来てくれ、そしてこうしてセシルは元気に歩けるようにまでなったのだ。  生まれ育った王宮に戻って来たのに…寂しい。  こんな事思ってはいけないだろうに…。  父上もサミュエルも心配してくれ、セシルが無事に、しかも元気になって戻って来たのを喜んでくれているのは分かるけれど…。  「少し…休むね」  セシルが一人になりたくてそう声をかければ、薬師も黒鵺も侍女も下がってセシルは一人になった。  「…アラステア…」  枕に顔を埋めながら小さく名を呼んでみる。いつかこんな苦しい心が穏やかになれる日は来るのだろうか?  体の苦痛がなくなったと思ったら今度は心が苦しいなんて皮肉だ。  治せるのはアラステアだけなのに…その人は傍にいてくれないのだ。  何でも屋だと言った黒鵺の言葉。そして飛び交っていた暗殺や〝仕事〟と言う言葉。毒殺されそうだったセシルと同じ境遇だったといったイリヤ王子、そのイリヤ王子を見知っていたアラステアや黒鵺。  アラステアの事を黒獅子と呼ぶキリル達。  自然に答えは導かれてくる。  今回の黒鵺の依頼主はサミュエルの叔父であるローレンツ公らしいが…サミュエルはどんな風に聞いていたのか…やはりあとで確かめよう。  ローレンツ公がどうしてセシルの事をと思えば不思議だ。なにしろサミュエルは甥だから甥の王位の事を考えればセシルは邪魔なはずなのに…。  どんな思惑でセシルの保護などと…?
/115ページ

最初のコメントを投稿しよう!

179人が本棚に入れています
本棚に追加