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ーー授業終了のチャイムが鳴る。
誰が言い出すわけでもなく、萌乃たちは多香子の席に集まる。
多香子は動く必要がない。
彼女はこのクラスの女王で、私たちは平民だからだ。
私は合コンの話に興味がなかったので、トイレへと逃げた。
教室を出ると、廊下の冷えた空気が気持ちよかった。
教室は暖房が効きすぎている。
あれじゃあ伊原が眠ってしまうのも分かるな……。
私はトイレに行って手だけを洗い、廊下の窓から外を眺めて残りの時間を潰した。
チャイムが鳴るギリギリまで、こうするつもりだった。
「なあ」
後ろから小さな声が聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
伊原だ。
「うわ、びっくりした、どうしたの……」
私は二人で話しているところが見つからないことだけを祈った。
多香子たちに見つかれば、きっとからかわれるだろうし、
私は伊原と一緒にいることを、恥ずかしいと思ってしまった。
「さっきの、ほんとにやるの?」
伊原は髪で覆われていない左目で、私の目をじっと見つめた。
「……さっきの? あ、ああ! やるよ、やるっていうか……私たち、もう友達でしょ……」
私はしどろもどろになりながら答えた。
きっと怪しさ満点だったと思う。
「そっか」
彼はどうでもよさそうに答えた。
なんというか、伊原はとても無気力な人間に見えた。
全てを諦めきっているような感じだ。
私も人のことは、言えないけれど。
多香子の顔色ばかり窺って、
嫌われないようにへらへら笑って、
自分を取り繕って生きている。
挙げ句の果てには、保身の為に、罪のない伊原を犠牲にする始末だ。
そんなことをするくらいなら、きっと伊原みたいに誰にも迷惑をかけず、一人でひっそりと生きていた方がいい。
それでも私は、傷つけられるよりも、傷つける側を選んだ。
「もうチャイム鳴るよ」
伊原の声でふと現実に戻される。
「あ、ありがとう……先に戻っていいよ」
二人で教室に入ると、何を言われるか分からない。
私はこういう時まで、ずるくて汚い人間だ。
もしかしたら伊原は、「友達になった」私を、授業に遅れないように呼びに来てくれたのかも知れない。
言われた通り先に帰る伊原を見て、私の胸は少し痛んだ。
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