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指名された瞬間、心臓が止まるかと思った。 次の言葉を発するまでに、実際に経過した時間は、わずか2秒ほどのものだっただろう。 けれど、私にとっては、その2秒がとても長く感じられた。 その僅かな間に、私の頭の中には、たくさんの疑問が浮かんだからだ。 どうして私が? 多香子はどうしてこんな無意味なことを? キモい奴ってだれ? ーー早く答えないと! 「わ、私が……?」 なんとか声を振り絞って答えた。 久し振りに声を発したからか、引っくり返ってしまい、すごく情けないものになった。 心臓がばくばくと鳴っている。 多香子は全てを分かりきっているかのように、にやにやと笑っている。 「そうだよ、なな、お願いね」 ああ。 もうすぐクラス替えなのにな。 運が悪いな。 多香子はどうしてこんな無意味なことをするんだろう。 「……うん、わかったよ」 私は精一杯笑って答えた。 クラス替えまでの辛抱だろうと。 ここで断って、多香子に嫌われ、多香子やその取り巻きにいじめられる方が、よほど大変だ。 私は保身に走った。 私が傷つかないためなら、一人の冴えないクラスメイトを不幸にする道を選んだ。 ごめんね。 私は心の中だけで、まだ見ぬ被害者に謝った。 「そうこなくっちゃね! 誰にしようかな!」 多香子は心の底から楽しそうに笑った。 それから、教室を見渡した。 可哀想に。彼女のこんな気まぐれで、人生が狂うかも知れない人がいる。 ごめんね。 私には多香子を止める権力なんてない。 反発して、自分がターゲットになることが怖いんだ。 だから誰かを犠牲にする。 ちっぽけな良心を保つために、心の中だけで謝る。
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