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「決めた!」
多香子が明るい声で言った。
とても、苛めのターゲットを決めたような声色ではなかった。
その純粋な悪意が、人を殺すかも知れないのに。
「誰にするの?」
多香子の隣にいる、萌乃が尋ねる。
萌乃は、多香子の親友だ。
罰ゲームの実行者にも、ターゲットにも選ばれることがない安全な領域にいる。
私は心底萌乃が羨ましくなった。
「コホン、それでは発表します!
罰ゲームのターゲットは、伊原くんでーす! パチパチパチ~」
多香子はふざけた口調でそう言った。
それを見て、萌乃や他の取り巻きも、笑顔で拍手をする。
この空間は狂っている。
でもそれが現実なのだから仕方がない。
ここで生きていくしかないのだ。
ここは教室という小さな社会だった。
権力のある人には、逆らえない。
弱者は理不尽に虐げられる……。
ーーなな、なにぼうっとしてるの?
萌乃の呼び掛けにはっとした。
どうしてこんなことになってしまったのか。
その経緯を、後悔しながら反芻していた。
私は今、伊原の机の真正面にいる。
伊原はこちらに気づいているのかいないのか、
イヤホンをつけたまま、机に突っ伏している。
「肩叩いて、声かけて!」
多香子が遠くから小声で言う。
私は、出来る限りの笑顔を作り、頷く。
萌乃や他の取り巻きが、同情するような顔で私を見つめている。
そんな顔をしながらも、心底自分じゃなくて良かったのだと、思っているんだろうな。
私は半ばやけくそになって、伊原の肩をトントンと叩いた。
しばらくして伊原は怠そうに、顔を上げた。
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