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伊原は、イヤホンを外すこともせず、私を一瞥した。 その時私は、伊原の顔を初めてまともに見た気がした。 伊原とは高1の時は違うクラスだったし、 学年が上がってこのクラスになってからも、彼はあまり学校に来なかった。 来たとしても、今みたいにほとんど机に突っ伏している状態だ。 彼は右目が長い髪で覆われていて、完全に隠れてしまっている。 残された左目で、私の顔を一瞬だけ見た。 そして何も言わず、また机に突っ伏してしまった。 「ちょ、ちょっと……」 私は戸惑った。 このままじゃ、多香子たちの反感を買ってしまう。 それだけは避けたいのだ。 私は多香子の指示を求めて、彼女の方を見た。 多香子たちは楽しそうに笑っている。 「なな、もう一回! ファイトー!」 多香子の取り巻きのうちの一人、早紀が大きな声でそう言った。 早紀は声も体も大きい。そして無神経だ。 そんな彼女が多香子のグループにいられるのは、きっと引き立て役になるからだろう。 私は早紀の応援には返事をせず、もう一度伊原の肩を強めに叩いた。 「あ、あの! 伊原!」 「……」 伊原は依然突っ伏したままだ。 私は仕方なく、強行手段をとった。 「なにすんだよ……」 彼は心底面倒臭そうな顔で言った。 私は彼のイヤホンを両耳から抜き取ったのだ。 「い、伊原! 私と友達になってよ」 訝しげな顔をする伊原。 「だめかな……」 多香子たちの視線を背中に受けながら、私はきっと泣きそうになっていたと思う。 伊原から奪い取ったイヤホンから、優しげなピアノの曲が聴こえる。 伊原はイヤホンを私の手から乱暴に取り返した。 そして、「いいよ」とぶっきらぼうに言って、 また机に突っ伏してしまった。 私は、最初の任務を達成できたことに、とにかくほっとしていた。 だけど同時に、伊原と友達になったということが、これからどういう未来を引き起こすのか、不安だった。
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