第 3 章 死音という名の女

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ーーーー①ーーーー 今にも降りだしそうな不安定な空の下、郁哉は署の裏にある駐車場に、一人呆然と佇んでいた。 つい今しがた、沢井陽二を乗せた護送車が、地検に向け出発するのを見送っていたのだ。 きっと彼は、検事調べでも否認を貫き続けるだろう。自分にまったく記憶のないものを、それも人を殺めただなんて、絶対に認めたりはしないはず。 沢井が護送車に乗り込む前、郁哉は耳打ちした。 『自分の意思を曲げるな!』と。 そう一言だけ彼に伝えたが、それをどう受け取ったかは定かではない。 ただ、護送車に乗り込む際、彼はペコリ会釈してきた。少なからず、郁哉を味方と認めたのかもしれない。 でも、だからって、なんとかしてやれる問題ではないかもしれないが、折れなければ裁判も長引く。 もしかしたら光明が開けるかもという、そんな甘い打算。 その希望となるべき、同じような事件がまた起きた。 警察官の銃を奪っての無差別射殺事件。二人の警察官を含む、五人の尊い命が消されてしまった残忍なものだ。 この被疑者である佐竹良子もまた、犯行を否認している。目撃者多き場所での犯行にも拘わらずにだ。 郁哉にはそれが、沢井の件と非常に酷似していると思えてならない。
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