隠れ鬼

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「とうちゃん、とうちゃん」 「八重、お前三日もどこへ行っていた。心配したぞ」  八重は父を呼びながら、その足へ抱きついて泣いた。父も八重の体を抱き締めておいおい泣く。「良かった、良かった」近所の人たちも二人を見て泣き始めた。 ◇ ◇ ◇  夕暮れにいつまでも遊んでいる子供の前に一人の少女が近づいて来ると言う。また、黄昏時になると、角を生やした子供の鬼が幼い子を浚いに来ると言う。  幕末から今に至るまで、時々子供が行方不明になる。そういう時は決まって見知らぬ子供が姿を見せると言われている。見知らぬ子について行って戻ってきた子供はわずか。「逃げ切れれば現世へと戻って来られる」と、葬儀で忙しい中、腕に小刀で刺したような傷のある女性が悲しそうな表情で、土地に伝わる昔話を語ってくれた。 「きっとあの子は、仲間外れにされて、寂しいから遊び仲間欲しさに浚うんでしょうね。そうでしょ」  そう言われ、思わず頷きかけたが、女性の視線は誰も居ない筈の場所を見ていた。まるで返事をするかのように床が一度だけ鳴った。女性はまた悲しそうに微笑んだ。  後日、昔話の蒐集に協力してくれた女性、八重の元へ先日の非礼の侘びと、お礼も兼ねて再び訪れてみた。その家には誰も居なかった。近所への聞き込みで、前日、見知らぬ赤い着物を着た少女と手を繋ぎながら山へ向かって行った姿を何人か目撃していた。誰も八重が山から返って来た所をみていない。 「まさか、山で遭難したんじゃぁ」  その日以降、誰も八重の姿を見る事は無かったと言う。  八重から聞いた話も【明治までに伝わる神隠し】に収めるべきか迷ったが、結局、八重の一件も含めて全てを胸の中に秘める事にした。
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