沈む水鳥 (未収録)

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 泡を吐きながら聞こえない歌声を、息を吐ききるまで歌い続けた。するとどうだろう、羽は鱗へと姿を変え、もがれた翼は羽の無い腕となり、足は魚の尾の様な物へ変じた。試しに尾を振ればその分体が浮き上がる。それが解ると海上を目指して泳ぎ始めた。  海面から顔を出すとセイレーンは息を吸う。問題ないと解れば今度は口遊む。 ――また歌える。  セイレーンの顔に歓喜が広がった。 ――さぁ、空も飛べない下級種族よ、私の歌を聴き惑え!  セイレーンに続くように次々と海上へ仲間が顔を出して、セイレーネスは歌い出す。  果敢に反撃をした船乗り達でも、事が終わったと気が緩んで油断していた。過去の例にもれず船もろとも人間達は海底へと沈んで行った。  それ以降、美しい空の怪物は、美しい人魚の怪物となり、歌に酔いしれた者を海へ引きずり込むようになったと言う。 +++ 「――力ある者、知恵ある者がセイレーンを退治して、ようやく海に平穏が訪れたのじゃ」  語り部の老人は長い髭を梳きながら、そう話を締めくくった。納得いかないのは子供達だった。「えー」「それだけぇ?」あちこちで不満の声が上がる。  瞼を閉じ、髭を梳きながら、さてどうするかと黙想する。 「では、この村に伝わるセイレーンの話をしようかのぉ」 +++  ある日、気まぐれを起こしたセイレーンが群れから離れて陸を目指す。初めて見下ろす地上。緑あふれる大地、小さな海、小さな家。好奇心がセイレーンの羽を休める事を許さなかった。海が見えなくなり、夜が訪れた時、急に羽が重く感じ、ようやく休もうと思い至って、不慣れな木の上で羽休めをしようと、小さな海の側の木、目指して降下した。  本来群れを組むセイレーネスが、単独での行動。最初は好奇心で感じなかった不安や恐怖がここに来てセイレーンを襲った。怖くって、怖くって、木の幹に身を寄せ、枝の上で必死に震えを抑えながら一晩を過ごした。朝になったら、元来た道を戻ろうと。
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