水郷

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 水源と森が豊かな地域に大きな都がある。崖の上に立つその都は、水の都の名で名を馳せていた。多翼揚水風車の塔中心に造られた水の都ウォーレン。町中に流れる水路が完備された、千四百年の歴史があるコンクリート造りの古都。  何故わざわざ不便な崖の上にあるのかはっきりとした理由は知られていないが、一説には崖の下の村や町へ、また都市へ山からの豊富な水を水路にて供給する為に作られたのではないかとされている。その説が支持されている理由は、町の中心にて水を組み上げている巨大な多翼揚水風車の塔から伸びている、水路らしきコンクリート製の管がある事、上空を横切るその管を支えているのと同じような壊れた柱が町のあちこちに残っている事、その二つが説を支える証拠とされている。  だが、崖の下には深い森があるばかりで、塔から伸びる管も崖の手前で途切れている。  その先は誰も考えない。何故ならもし塔から伸びているのが管の正体が空中水路で、下へ届ける事が目的だったとしたら、それが不要になり途切れたのだとしたら。  アリッサは空中で途切れた管から視線を外し、塔の方へ向き直る。今日は塔に住まう水の精霊ウンディーネを祝う為の祭りの準備で、水の巫女は全員塔へ集合するように神官長から指示が出ている。ウンディーネ祭は毎年あるが、五十年に一度の大霊祭が今年に当たる為、特に神官長が張り切っている。珍しい品を積んだ商人も多く出入りしている。  夕暮れ時が近づきつつあるウォーレンは一刻一刻とオレンジ色へ染まって行く。それに合わせて町中を巡る川面も陽光を反射して目に刺さる程に強い輝きを放つ。見慣れた灰色の街並みが、夕暮れ時と明け方の短い間に見せる普段とは違う美しい景色を見る事が、アリッサの小さい頃から好きだった。大事な用事を忘れて暫し見とれてしまう。 「アリッサ! こんな所で、何をボーっとしているのよ」  後ろから肩を掴まれて驚きのあまり息を飲んで固まる。それは一瞬の事で、すぐに力を抜く。同じ巫女であり、友達でもあるエルザだ。その友達が困った表情になる。 「ごめん、驚かせたかな?」「うん、ちょっとだけ」アリッサは手を振って笑う。 「本当にごめんね」「大丈夫」友達との短いやり取りの後、一緒に塔へ向かう。
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