水郷

3/25
前へ
/45ページ
次へ
 わざわざ夕方から祭りの準備を始めるとは、アリッサにとって初めての大霊祭の準備はいつものウンディーネ祭と準備の内容が違うらしい。アリッサは緊張と期待で胸を膨らませた。    アリッサを含めて塔の一階奥、水源がある地下に続く階段の前で若い巫女全員が集まった。 「では、皆の中からウンディーネの憑代を選ぶ。これは大変名誉なことである」  神官長の帽子の脇から白髪が覗く。六十を過ぎて皺が深くなった分、目力が強い。いつにも増して強い視線を受け巫女達は緊張した。視線だけで巫女達を一瞥した後、「ふむ」顎を掻きながら、その指を顎から離しアリッサへ向ける。その瞬間、アリッサは驚きと緊張のあまり悲鳴を上げそうになった。 「アリッサ、前へ。大霊祭の重大な役目を君に与える」  神官長の声でアリッサは震えながら前へ進む。「他の者は明日から大霊祭の準備を」と指示を飛ばす。アリッサには「ついて来なさい」とそれだけ言って神官長は地下へと進む。  地下へ降りられるのは神官長を始め、上位の巫女のみだ。まだ巫女として経験の浅いアリッサが地下へ降りると言う事、それだけでも畏れ多かった。  独特の湿り気、蝋燭の灯りが灯る薄暗い階段、反響する足音。神官長の背中を見ながら足を滑らせ無い様に一段一段無言で降りて行く。てっきり地下は一本道だと想像していたが、長く複雑で、迷路のように階段と通路が入り組んでいた。最初は覚えようとしたが、あまりにも複雑で全く同じ作りの為、途中から覚える事を断念した。神官長を見失ったら確実に迷う。  長い間歩いていたような気がする。もしかしたら、崖の下まで来てしまったのではないかとすら思って仕舞う程だ。途中から整備された通路から天然の通路へ変わり、歩きにくくなる。暗さが増し、それに呼応するように不安と緊張も増す。そんな時、先に明かりが見えた。ようやく神官長が立ち止まりアリッサへ振り向いて、声を発した。 「さぁ、アリッサ。前へ進みなさい」
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加