第1章

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旧い木でできた扉は思いの外重く、薄暗い店内はL字型のカウンターしかないこじんまりとした店だったが、常連がついているようで、ぽつぽつと客があり、インストゥルメンタルな古いジャズがゆっくりかかっている店内は、存外と居心地が良かった。 従業員は年齢不詳の-でも確実におじさんの-マスターしか居らず、しかもなぜか昔からの知り合いのような懐かしさを感じさせる人だった。 メニューにも目もくれずそれどころかマスターの顔も見ず、ジンジャーエールを頼むと、マスターは低い声で軽く笑った。 私は少しムッとして、ようやくマスターと目を合わせる。何を頼もうがわたしの勝手だ。 マスターはおどけた様子で、 「うちのジンジャーエールは自家製だから格別美味いよ」 と、言った。 なんだ、そんなことだったのか。 アルコールを頼まなかったのを馬鹿にされたのかと思ったのだった。 拍子抜けしたせいか、少し気が楽になる。 どうやらこの店の格調高い雰囲気に少し気圧されていたようだ。 たしかに、バーなんて、滅多に入らない。 ジンジャーエールは少しライムが効いていて、渇いた喉にすぐに馴染んだ。 -ああ、たしかにおいしい。 おいしいって感じたの、いつぶりだろう。 ふいにマスターと目が合う。 今度は優しく微笑んでいた。 代金を置いて席を立とうとすると、マスターが、 「今日お代はいいよ。そのかわり今度また、カクテルを飲みにきてね。約束」 と、勝手に約束を取り付けられてしまった。 呆気に取られたが、折角なので、カウンターに置いたお金をしまって店を出た。 アルコールも飲んでないのに、なぜかすこし陽気な気分になっていた。 さっきかかっていたジャズを適当に口ずさむほどに。 別れた彼のことも、仕事のことも、すっかり忘れていた。
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