惜春

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「惜春」 惜しむべきは春。 時がすぎるのは仕方ない、と諦めたあの日すら遠くに過ぎ去ってしまった。哀しむべきなのか、憤るべきなのか、解らないけれど、僕は、そう、うずくまってあの日の僕を眺めてる。 惜しむべきは春。 泣かないで、笑わないで、傷つかないで。それを言ったのは僕だけど、その言葉で君を傷付けたのは僕だけど、きっと僕も泣いてたよ、なんて、言わない方が良かったね。ごめんね、は、言えないけど。 踵の高い靴は苦手だった。硬い硬い革の靴も苦手だった。すぐに痛む僕らの足を守ってくれるものなどなかったから。痛いね、辛いね、哀しいね、そんな言葉を並べ立てて傷だらけの素足をぼんやりぼんやり眺めてたんだ。 惜しむべきは春。 そろそろ歩き出そう。ゆっくりでも、走ってでも、なんででもいいでしょう?だからもう、ひとりで泣かないで、笑わないで、傷付かないで。手を繋がせてよ、ねぇ、ふたりで、泣きましょう。 惜しむべきは春! サンダルでもつっかけて、一緒に手を繋いで駆け出せばきっとどこにでも行けると思うんです。僕はここにいるから、そんなところに留まらなくていいから、あの日の僕なんかを大切にしなくていいから、だから、今日の僕と、今日の君で、新しい季節を! 惜しむべきは春。 それでもきっと、新しい季節が来る。
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