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その日俺は、いつも通りに仕事をこなしていた。
先日持ちかけられた浮気調査の調書がひと段落したところで、机の上に置かれた携帯電話が着信を告げた。
着信欄には、『鬼塚永琳』と書かれていた。ひどく懐かしい名前だった。
高校を卒業してから早くも八年が経った。
親父の事務所で下働きをしながら、探偵として必要なことをたくさん学び、そして昨年親父が食道がんで入院することになってからは、実質的には俺がこの事務所の所長ということになっている。
仕事には慣れたが、代わり映えのしない毎日に少々の憤りのようなものを感じながら、どうすることもできずこのジム所で働いていた。
けたたましい着信音が未だ鳴りやまないことに気付き、慌てて携帯を手に取り、耳にあてた。
「ああ!やっとつながった!えっと、笠垣さんの携帯ですか?」
携帯から聞こえてきたのは、永琳の声ではなく、若い男性の声だった。
「…そうですけど、この携帯は永琳さんのものですよね。あなたは?」
そこはかとなく…いや、かなり嫌な予感がした。
「ああ、申し遅れました。僕は、GSKプロダクションに所属する望月永琳ちゃんのマネージャーの三笠学といいます。実は…その、永琳ちゃんがちょっといなくなっちゃって…携帯も置いて行っちゃったみたいで、どこにいるのかあてもないから電話してみたのだけれど…笠垣さんのところには行っていないですかね?」
ああ、やっぱり。悪い予感はいつも当たるんだ。
俺は、永琳がいなくなったというマネージャーの言葉にさして驚きもせず、静かに続けた。
「そうですね、自分のところには来ていないです。他の人をあたってみたらどうでしょうか?」
心配でないのかといえば、嘘になる。けれど、今すぐどうこうしようという気にもなれなかった。
幸い、自分が私立探偵だということも、向こうは知らないらしい。
好都合だった。
「そうか…ああ、お仕事の邪魔だったかな。僕はこれで失礼します」
「いえ、お気になさらず。また何かありましたら、何時でもお電話ください」
そういって、俺は電話を切った。
敬語とため口が入り混じってたな、などと考えていたが、向こうが永琳のマネージャーというのなら、俺が永琳と同い年だと知ってるのか…にしても、若い声だったな。
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