戯れ言心中

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 「愛しています」と女の細い文字で控え目に書かれた紙切れが、旦那様の文机の上に置いてあるのを見つけてしまった。いけない、と思い目を逸らしたが、激しい嫉妬を覚えたのを今でも鮮明に思い出せる。狡い。ずるい。  私には死んでも言わせてくれない言葉を、この何処の馬の骨かもわからない女は軽々しく伝えられるなんて、不公平だ。そっと指先で文字のへこんだ感触を確かめた。まだインキが乾き切ってなかったらしく、愛していますは不格好に滲んだ。 指についた濃紺のインキを忌々しく思い、私は何度も布でこすり落とした。  旦那様は忙しいお方で滅多に自宅には帰って来ない。私は留守番役としてこの邸宅に雇われた身。他にも何人か手伝いの女が出入りしたりするので、きっとその中の誰かがこのような恥知らずな事をしたに違いない。私が寝ている間にでも、この書斎に忍び込んだのであろう。破廉恥な。  私が気付いた段階でこの紙切れを処理しても構わなかったのだが、一つ賭けをしたくなった。旦那様はこれを見てどんな反応をするのだろうか。喜ぶのか、蔑むのか、鼻で笑って破り捨てるのか。そして、もし喜んだ場合に、それを書いたのが私だと嘘を言ったら、どんな顔をするのだろうか。  私に「愛しています」と言う権利を与えてくれるのだろうか。次の帰宅の日を指折り数えて待った。
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