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「留守番ご苦労」
旦那様は私を見つけるなり、微笑みながら頭を撫でてくれた。旦那様は貿易商である。スーツとハットがよく似合う洗練された雰囲気の持ち主。そんな旦那様からのささやかなご褒美が、骨まで染みるような歓喜をもたらす。
私が旦那様が脱いだコートを受け取り、それをクローゼットへ仕舞うその間に、旦那様は必ず文机の前に座り一服する。今日とて無論そうだった。かさ、と紙切れを手に取った音がした。何も気にしていないように、反応を背中で待つ。
黙り込んでいらっしゃったが、まだ煙管に手を出していないのを考えると、無反応というわけではなさそうだ。
「参ったな、これは。一体誰の仕業かな」
くすりと軽く笑ったところで、その紙切れは無残にもびりびりに破られた。あのすがるような「愛しています」も、やはり旦那様には受け入れてもらえないようだ。私の賭けは失敗した。否、始まりもしなかった。一縷の望みさえも泡となり消えた。この人は何故か人を寄せ付けない。未だに独身で、そして女を嗜むような事もしていない。
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