孤独の泪

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「あぁ、僕は死ぬんだ」 跳ねられる瞬間にそう感じ、死を覚悟した。 けれども、僕は目覚めた。 目覚めた僕の視界に入ってきたのは、白い天井。 それが病院の天井だと気づいたのは、部屋に看護士が巡回してきた時。 脳に深刻なダメージを受けた僕。 しかし、一生植物状態だろうという、医師の見立てを裏切り、五年の歳月を経て、僕は目覚めた。 『医学を超えた奇跡』、ということらしい。 僕が目覚めた事に、父も母も喜んだ。 当然だろう。 僕にとっては一瞬だったけど、両親にしてみれば五年ぶり、まして、もう一生目覚めないといわれた子供が目覚めたのだから。 しかし、僕が見た両親は、記憶にある両親よりもずいぶん老けていて、別人になっていた。 友人や、当時の彼女にも会った。 みんな、僕の目覚めを喜んでくれた。 でも、全員が別人だった。 あるものは日々の仕事に励み、あるものは結婚し家庭を築き、あるものは大学院へと進み、学業に励む。 僕の知っている友人も、彼女もいなかった。 知っているのに、知らない人になっていた。 病院からの退院が許された日、当時住んでいた街に行った。 両親に付き添われ、久々に見た故郷は、水の底だった。 僕が眠っている間に、ダムの底へと消え去った故郷。 僕は、五年前と何も変わらない。 だのに、僕の周りの人は、みんな変わっている。 僕は、五年前の事を覚えてる。 だのに、五年前に住んでいた場所すらなくて。 僕には、過去を忍ぶ事すら許されなくて。 それでも、前へと進むしかなくて。
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