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翌週の金曜日。
仕事を終えて家に帰り着けば、リビングでリュックを片手に嬉しそうにお店屋さんを開く小さな背中。
軍手に、チャッカマンに、うちわ。
それにビニール袋や菜箸、あぁ…ピーラーまで……。
店主は随分と陽気なようで、俺を見つけると嬉しそうに抱きつきほっぺに熱烈なキスを何度も贈られる。
「明日だね!バーベキュー!」
「あ…、あぁ…。」
そう。
俺は、彼女の涙に負けた。
あれから彼女はいくらあやしてやっても泣きやまず、部屋の奥から漏れ聞こえる啜り泣きを耳にした寿司屋の店員からはまるで俺がDVの常習犯であるかのような白い目を向けられた。
それでも甲斐甲斐しく彼女の口に特上寿司を放り込んでやれば、『虎夫なんて嫌い』というお釣りをもらい。
楽しみにしていた大トロを放り込んでやれば、『もう一個…』と抜かされて……。
結局、俺は大トロも、うにも、いくらも、凡そ寿司の主役を張るような上物を一口も食べられなかっただけでなく、バーベキューに連れて行くという約束まで取り付けられてしまったというわけだ。
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