第1章

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 俺の夢にも不思議がある、幼い頃の缶蹴りの夢。幼馴染の志島や、宗像が当然居るのはよしとして、いつものメンバーでいつもの場所。まだバスケにはまっていない頃だ。  いつものメンバーなのに、一人多いのだ。名前を呼ぼうとしても、そいつの名前だけ声が出ない。  にこにこと笑い、陽だまりのような少年。皆、彼が大好きだった。  夕暮れになると、別れの時間がやってくる。 「又、会えるよ。その時まで、バイバイ」  彼が帰る時は、涙が出るほど寂しい。だから、又会えると、すごく嬉しい。もう別れたくない、ずっと一緒に居よう。そう言っても、又、バイバイと去ってしまう。  夢の最後に、彼が言った。 「いつか本当に会えたら、バイバイは言わない」  繋いだ手が小さかった。この小さい手では、掴んだ力も、大人に容易に離される。だから、大きくなったら、もうバイバイしないよ、彼の言葉を信じていた。 「御形、昔の笑顔は営業スマイルでは無かったのだな…」  御形のアルバムで驚いた。やっと、名前が呼べるようになったということか。 「御形」  夢の中の少年は、御形だったのか。現実で出会えて良かった。  御形の部屋に、そっと置かれていたアルバムに気付いたのは、最近だった。ふと開いてしまい、御形の笑顔に驚いた。いつもの爽やかな営業用とは違い、陽だまりのような笑顔がそこに在った。 「黒井、もうバイバイは言わない」  その言葉に、心臓が止まるかと思った。 「何で、知っている!!」 「直哉に聞いた」  直哉、いつの間に俺の夢も見ていたのか。でも、子供の頃の夢だった、最近の夢ではない。 「現実で出会えて良かった」  いい出会いでは無かったが、結果として、こうやって近くには居る。たまには、素直に返事をするのもいいかもしれない。 「もう別れたくない」  ぎょっとしたように、御形の顔が引きつった。 「別れたかったの?」  そういう意味ではない。  御形の部屋に、最近よく来る。きっちり整理整頓された、モデルルームのような部屋。でも、何がどこに置いてあるのか、最近は何となく分かる。  アルバムは最近まで、置いていなかった。 「缶蹴りな、御形、ヘタクソだったよ」  繋いだ手を離したくなかった。だから、手を繋いで逃げた、夢。 「う、ん、でも、キスは上手くなったよ」  やさしい夢の続きを見よう。  カテゴリーヘブン3 おわり
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