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この御形家だから、俺達が人間の規格から少し外れていても、気にしないで一緒に生活できるのかもしれない。
「で、彼はどこだ?」
御形の手で示した箇所に、灰を飛ばす。和服姿の青年が浮かび上がってきた。
「もう少し、実体化だ」
御形に言われなくても、彼が喋れるようになるまで、灰を足す。
「君は、柴田君だね?」
青年が、じっと老人を見た。
「はい」
老人が素直に返事をした。表情は、若い頃に戻っている。憧れながらも、愛おしい者を見つめる瞳。
「君は、もうこの世には居ないのか…」
老人が、地面に泣き崩れる。
「そうだね、かなり昔に、病気で命を無くしてしまってね。でも、君との約束は守りたくて、ここに、再び握手するための右手を埋めて欲しいと、弟に頼んだ」
戦争から帰ると、直ぐに病院に入り、そのまま命を落とした。病室から桜が見えると、居てもたってもいられない気分になった。握手した手が、約束を覚えていた。命がある内に、会いたかった。彼の呟きに似た言葉が続いていた。誰に話しかけるでもなく、桜に呟いている風情だった。
「右手だけでも、待っていたかった…」
実行されていましたと、伝えたいが、それは余計な事なのかもしれない。
「でも、再び会えた。飲もう…」
霊でも、酒が飲めたとは知らなかった。御形の祖父は、酒を勧め、老人の長い人生をただ聞いていた。
老人?三人が、桜の下で静かに時間が流れていた。
「で、どうかな。霊の実体化は長く保てるのかな?」
御形の父親は、霊の実体化には驚かないが、霊が消えそうになる度に、慌てて、追いかけようと?立ち上がる。捕まえたところで、霊なので消えると思うが、やはり気になるらしい。
「様子を見て足せば、三日はいけると思います」
霊も古いと、定着は難しい。裏を返せば、三日が限界だった。
御形の母親に呼ばれて、重箱の寿司を手渡された。ラーメンを食べていなくて良かった。次から次へと、料理を渡される。
「典史ちゃん、見事な桜ね…」
桜の実体化も初めてしたが、きっと優しい桜だったのだ。霊というよりも、幻影に近く、最後の力を振り絞り、彼の為だけに咲いたのだ。
その桜が見えるという事は、御形家も桜に愛されているのだろう。
「あの爺さん、恋人に会ったようだな」
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