第1章

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 御形がとんでも無い事を言う。俺は、直哉と顔を見合わせる。俺達は従兄で、俺の過去視や直哉の透視は、互いの体に触れることで共有できる。  戦況が悪化してゆく中で、柴田の彼への思いは、まるで光だった。光があれば未来へと続く道が必ずある。  言葉が上手く見つからないが、恋というよりも、柴田の希望の全てだった。未来の全てのような人だった。失ったら、生きる気力も無くなるだろう人だった。 「恋人以上があるものよ、御形」  直哉に、御形が諭されていた。  ふと横を見ると、真里谷がひっそりとビールを飲んでいた。 「いい桜だ…」  花見気分だった真里谷も、ビールを御形の母親に取り上げられて、叱られていた。今まで、気ままに自由に生きてきた真里谷。ここにきて、真里谷を叱る家族が、どっと増えていた。 「一晩だな…」  灰を足せば保つとは言ったが、桜を日中咲かしておくわけにはいかない。 「結界張っておけよ」  なるべく力は使いたくないが、この桜を見られるのはまずいだろう。結界を張ろうとすると、俺の守護者の二人が現れていた。  志島と、宗像、俺の幼馴染にして守護者。地上での天使は無能だが、この守護者が天使の代わりに能力を使うことができる。 「張ってあるよ、結界」  流石、宗像、言葉が無くても通じている。 「黒井の近くに、大きな霊があったから、気になってね…」  守護者は、天使の危機が分かるらしい。でも、俺は危機ではなかった。大きな霊とは、桜のことかもしれない。  御形の母親が、食事を二人に勧める。 「ありがとうございます」  にこやかな宗像と、無口だが男前の志島はウケがいい。 「で、御形に花咲かじじいをさせられていたのか?見たかったな、枯れ木に花を咲かせましょうの場面」  宗像、クスクスと笑っていた。志島もムスッと黙っているが、長年の付き合いで分かる、想像して笑っている。 「枯れているどころか、桜の原型も無かったよ…」  吹いてくる風は寒いが、なんだか春の気分にはなっていた。 「で、どう、締めくくる?」  依頼者の柴田老人を見ると、涙を浮かべながら話し込んでいた。 「桜と一緒に、成仏させてあげたいね」  御形の親父が、小さく首を傾けた。 「それはね、まあ、うちの爺さんを頼ってくださいな。あれで、成仏させるのは上手いですから」  話を聞いているだけのようで、確かに、仄かな光が天に伸びていた。
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