第1章

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 人目が無くなると、志島が消えた。 「遊びに来いよ、今回のは貸しにしておくからさ」  宗像も、姿を消す。 「典史、早く帰って来いよ」  直哉は、意味深な言葉を残すと、バイクで帰って行った。 「御形、帰るぞ」  もう、森には何も無い。 「なあ、黒井」  御形が、立って夜空を見ていた。寒いので、早く家に帰って風呂に入りたい。 「志島と宗像は、黒井の守護者。直哉は、従兄で親友で、天使時代からの黒井の大切な者だよな。俺は、何だ?」  御形、よく拗ねる。確固たる地位が無ければ不安定、でも、恋愛は不安定なままで揺れるのがいいのかもしれない。 「俺は直哉とキスしない」  直哉は、確かに大切だが、家族だから、恋ではない。俺は、御形に一歩だけ歩み寄る。 「俺は、志島も宗像も大好きだけど、触らせることなんてないよ」  そっと、御形の首に手を回し、瞳を見つめる。 「志島も、宗像も、俺を大切に扱うけど、俺が、我儘を聞き入れるのは御形だけ」  御形には無理難題も言われるけれども、許してしまう。ケンカもするけど、いつも、御形の家に帰りたい。 「御形は、俺の帰りたい場所」  抱き込まれると、温かい。ずっと、このままで居たいが、長く帰らないと怪しまれる。  でも少しだけ、確認したい。そっと、唇を寄せると、激しく御形が抱き込んできた。暗闇の中で、相手だけが見える。寒い中で、相手の体温がやさしい。世の中に二人だけの時間がある。やっぱり、御形が、すごく好きだ。 「帰ろう、御形」  バイクに乗ると、後ろに御形を乗せる。寒いが、背に感じる、御形の温かさが心地よい。 御形の家に帰ると、案外早かったねと、直哉にからかわれた。 「あまりに寒くて、風呂に入りたかった…」  正直に言うと、直哉の後ろで聞いていた真里谷が笑っていた。 「黒井らしいよ。でも、その言葉は御形には言うなよ、あれ、案外ロマンチストだから、夢を壊す」  どれが、らしいのかは分からないが、確かに色気は無い。  次の日学校に行くと、バスケ部の主将の右手が治ったと、荒川が喜んでいた。  後日、御形は巨大な鉢を持っていた。庭の片隅だが、日当たりのいい場所に、その鉢は置かれた。 「まさか…」  桜の種を、鉢に植えたのだそうだ。桜には名前が付けられていて『ももちゃん』。桜なのに、ももは無いと思うのだが、御形は変更するつもりはないらしい。
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