第1章

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 似た車、そして、同じ道。  いつも、混雑している車を抜かして、細い路地に入る。  霊能力者をやっていた頃?このような事例には遭遇したことがある。繰り返す霊の道。霊が死を受け入れていないと起こる、死の直前までを繰り返す現象。でも、今回は生きているので、事故を受け入れない生霊となる。生霊は、成仏させることができない。 「ああ、お寺の管轄ではない…」  言いかけて、止める。 「俺、偽霊能力者を辞めると、ちゃんと言ったよな…」  御形が、自分の父親を手で示した。 「あっちの頼みだよ」  御形ならば断われるが、御形の父親の頼みでは断れない。  人間が生きている世界の仕組みは、管轄外なので、真里谷に頼むのが一番だ。俺の、感覚で言うと、同じ時間を繰り返す者を止めなければならない。  条件が揃うと出現し、同じ事を繰り返す。今回の出現条件は、場所、予期せぬ渋滞、急いでいる、かもしれない。車が現れ、事故までの経緯を繰り返す。この繰り返しは、他者を巻き込む。意思を持たずに、他者を事故に導いてしまう事もある。そのままにしておくのは、危険かもしれない。  しかも、この繰り返しのせいで、息子が目覚めない可能性もある。 「息子に会うか…それと、真里谷が必要」  まず、目が覚めない息子に会う事が先なのかもしれない。 「分かった」  人間の交渉は、御形の得意とするところだった。  息子の名前は、伊東 宗(いとう しゅう)大学生だった。帰省時に、親の代わりにサンマを受け取りに行き事故に遭った。しかも秋にも係らず、その日は真夏日だったという、サンマの鮮度が気になったのかもしれない。普段、使う事の無かった抜け道で、事故に遭っていた。 「サンマ…か」  最近も妙な経緯で、サンマを購入した記憶があるが、おいしいが傷みは早い。あっという間に、臭くなる気がする。  経緯からすると、真面目で優しい息子だったようだ。でも、反面、打たれ弱い面も見えていた。逆境の経験がない。  俺が言うのは変だが、伊東 宗の人生はこれから始まるところだった。 「生きて欲しいね」 「そうだな」  方向性は決まった。後は動くのみだ。  真里谷と御形と俺で、見舞いという名目で、伊東 宗の病室を訪ねた。  俺は、水を媒体に過去を…、見ることができなかった。 「魂はどこ?」  眠っている伊東 宗の魂が見つからない。 「ああ、無いね」
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