第1章

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 でも、恭輔が承知するとは思えなかった。否、直哉を説得できる自信は俺には無かった。 「御形、帰ろう」  珍しく静かな、御形の様子も気になった。 「俺、占いの館『繋』に寄るから、先に帰るぞ」  真里谷が、俺の顔をチラリと見てから、顎で御形の傍に行けと促す。俺が傍に行ったからといって、御形が元気になるわけではない。 「ありがとう、真里谷。状況が分かったよ」  大きな病院、ふと、一穂も入退院が多かった事を思い出した。 「この近くに、いい和菓子屋がある」  御形の手を引き、病院の裏手に回った。  小さいが、手作りの和菓子を置く店がそこに在る。普通に見える、一軒の民家の玄関横に、ショーケースだけがあり、和菓子の暖簾がかかっている。売り切ったら暖簾をしまい、その日の営業が終わる小さな店だった。 「こんにちは」  豆大福がおいしいが、あればどら焼きもいい。手間暇を掛けた、手作りのあんこが美味しいのだが、俺は邪道にバターをはさみ、軽くレンジで温めて貰う。 「あら、典史ちゃん」  何も言わなくても、温めてくれた。 「ほら、御形…」  近くに、小さなベンチがあり、そこで、どら焼きを食べた。 「よく、来るのか、ここ?」 「霊能力者は、病院には来てはいけないよな。治療の邪魔はしてはいけない」   だから、忍んで友達の見舞いをしたことがある。見つかると、友達の両親に塩を撒かれる勢いで追い出された。追い出されたけれど、病室を見上げていたら、和菓子をくれた人が居たのだ。  この和菓子屋の、祖父だった。何も言わずに、大福をくれ、一緒に食べた。  その話を聞いた祖母が、この和菓子屋に来て礼をして、度々、大量に豆大福を購入した。 「霊能力者は、死に群がるハエだと言われた。小学生だった、友達に会いたい気持ちだけだった」  クラスメートで、すごく仲が良かったわけではなかったが、急に学校に来なくなり、入院したと聞かされた。志島と、宗像と、幼馴染と、俺はいつも仲間に囲まれていて、すごく羨ましいと言った。だから、一人で見舞いに来た。一人ならば、きっと、本音が言えると思った。  和菓子屋に名前を覚えられるまで、何度も通ってしまったが、その後、転勤になった担当医を追って、そいつの家は引っ越ししてしまった。今は消息を知らない。 「本音、言えたのか?」 「いや、考えてみると、俺、いつも本音だよね…」
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