第1章

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 どこかでイベントがやっていたらしい、街中の一本道に渋滞が起きていた。全く車が動かない。イベントの後事故があったのか、救急車の音もしていた。  確か小学生の頃、友人の家がこの近くにあった。その時通った道を思い出す。行ってみるか…  運転が未熟だったと思う。渋滞から抜けられると思ったのか、青い車が後ろから付いてきた。バックミラーを見ると、他に数台、同じく小道に入ってきた。車一台やっと通れる程度の道で、後ろの青い車が煽ってくる。  土手の斜面を横に抜ける小道、急なカーブだったが、後ろばかり気になっていた。  しまった!気付いた時には、激しい衝撃がきていた。  目の前に、正座している伊東 宗が居た。 「…御形、伊東家から、何か借りていたか?」 「ああ、車の鍵」  俺は御形の部屋で、ベッドをイス代わりにしていたが、目の前で床に居るのは伊東 宗だった。 「俺、灰、出していないのだけど…」  実体化はしていないようだ。 「何だろう、黒井が霊を見るなんて」  生霊なのか、亡くなっているわけではない。  車の鍵があったせいで、鮮明に事故当時の映像を見てしまった。 『助けてください』  伊東 宗が呟いていた。実体化しているわけではないので、会話にはならなかった。何度も同じ事を呟く、映像のようなものだった。 『助けてください』  ずっと、ここで言い続けるつもりだろうか。 「御形、鍵に経を唱えてあげて」  御形が、覚えたての経を唱えると、本当に細いが、天への光が糸状に伸びた。  糸だと思えばいい、そうすれば手で持てる。伸びる糸を伊東 宗に巻き付ける。 「成仏してください」  生霊は、成仏では不味かっただろうか?でも、伊東 宗の残像は、粒状になって天へと消えていった。 「伊東 宗。魂が、分解しているのだろうか?」 「どうだろう。あちこちに思念が残っているだけだと思うけど」  伊東 宗、生まれて初めての大失敗がこの事故だったのではないか。もしかして、心が砕けてしまったり、ショックで飛んでしまったりしているのだろうか。  でも、車の鍵に刻まれている。『怖い、怖い、壊れた肉体に戻るのは怖い』という強い思い。伊東 宗は自分の怪我を知って、肉体に帰りたくないと願ったのだ。魂があるのならば、もう、肉体の怪我は治っていると説得してみるつもりだが、探せるのだろうか。
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