第1章

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 とどめを刺しておく。共鳴しないので、言霊を使用できなかったのだ。  不幸な人生は幾らでもある、それを嘆いていても、幸せにはなれない。 「藤木君、送ってゆくよ」  御形の父親が居てくれて良かった。こんな奴と、幼い頃の顔が似ていたなんて、殴りたくなる。 「…俺の夢、見たわけだろ?ここに来ているというのは…」  御形、顔は笑っているが、非常に怒っていた。 「御形、俺と、同じ顔を忘れていたのか?」  やっと、御形に質問できた。 「あれは、藤木を忘れたわけではなくて、それに藤木と黒井は、全く似ていない…」  幼い頃から、黒井と友達だったら良かったなと思ったら、顔が俺になったらしい。でも、夢の中でも、実際の過去のことなので、俺の存在が不自然であったのか、誰なのかを忘れたという形で現れたらしい。 「キャッチボールしてやろうか?」  よく俺の、子供の時の顔を知っていたものだ。そう言えば、実家にアルバムを置いていたかもしれない。 「そうだな、グローブあったかもな」  御形は、仲の良かった藤木が変貌してゆく事が怖かった。いつもと変わらない笑顔なのに、ふと心に暗闇が見えた。その頃、腹部を殴られた猫の死体が見つかった。どう見ても、棒のようなもので殴られていた。これは、バットで殴られている、御形の心に藤木への不審が芽生えた。  ストレスだったのだろう、バットで何かを殴って発散させていた藤木。普通に野球だけだったら良かったのに、植木だったり、木々だったり、物だったりを殴り始めていた。そして、生き物を殴るところにまで到達し始めていた。  御形が隠れて見ていたのは、藤木だった。そして、猫を殴る姿を見て、もうダメだと思った。  親に相談し、見た事を告げた。藤木は祖父母に引き取られる事になった。親の離婚問題で、心が不安定になっただけだ、又、出会えれば友達になれるよと説明された。  失った物が大きかった。 「おい、御形。親父と帰らなくていいのか?」  自転車の二人乗りで、御形の家は辛い。 「そうだな、帰ったらきっちりと話をしよう」  御形には、帰るのを止めようかなと思わせる、迫力があった。確かに、御形の夢を勝手に見たのは悪かった。 「二人とも、家に帰った時に、居なかったら怒るよ」  御形が捨て台詞を残して、車に乗って去って行った。 「御形に遭うとは思わなかった」  直哉も、御形が怖かったらしい。表情が強張っていた。
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