第1章

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 真里谷は、話の内容よりも、夕食にこだわっていた。多分、夕食の余りの少なさに、食べた傍から腹が減ってしまったのだろう。 「今日の客は、一人だから、なるべく早めに切り上げよう」  でも、予約の時間までにはまだあった。 「コンビニ、行くか?」  三人で店を出ようとした時、老人が一人現れた。  眉間に深い皺をよせ、古いが確かな職人技の杖をつく。頑固を絵に描いたような、老人だった。  水を媒体に過去を見る。  過去視をしようとしてみたが、諦めた。長く生きているこの老人。とりとめもなく過去を読んだのでは、膨大な情報量だった。 「柴田様ですね」  真里谷が、老人の正面に座った。俺と、直哉は不審な行動を起こし易いので、カーテンの後ろに下がろうとした。 「そこの二人、イスに座っていなさい」  老人の口調は、不正は許さないというような、響きを持っていた。 「占いの内容を教えてください」 「占い師ならば、当てなさい」  そうきたか。でも、真里谷は怯まなかった。流石、真里谷、存在悪であり、信者も出来るカリスマだ。 「探している人が居ます。消息だけでも掴みたい。かなりの過去で、これは戦争中でしょうか。しかも、全て焼けた」  手に持った水を媒体に、過去を見る。 「この土地に住んでいた」  士官学校の生徒で、皆の憧れの級友が居た。明るい笑顔で、頭も良く、度胸も良かった。戦争末期、戦況の悪化により、順次特攻が決まった。先輩達が次々に、特攻に消えてゆく。  次は、自分達の番がやって来る。 『又、桜の木の下で、日本を称えようではないか、又会おう』  日本は負ける、だが、日本は負けねば目が覚めぬのだ。潔く死することだけが栄誉の中で、彼は、又会おうと言った。  その夏、戦争は終わったが。又会うという約束は果たせていない。老人は、戦後、親戚を頼り、九州に行っていた。何度もこの土地へと足を運んだが、彼の消息を知っている者は居なかった。  固い握手をして別れた相手。 「だから、右手が桜の木の下に埋まっていたのか。握手の相手を待っていたのか」  霊というのは、時折、呼ぶのだ。 「その相手に、その後どうなったのか、聞いてきます。でも、何故、夜に待ち合わせをしたのですか?」  それは、禁句だったのかもしれない。老人の顔は、一層、険しくなった。 「夜に待ち合わせ?」  提灯を持って待っていたので、夜だと判断したが誤りだったのだろうか。
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