第1章

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「は…ぇ……あ?」  造林業を営む有限会社の小さなオフィスの一角。課長席の前で、ある言葉を不意討ち気味に告げられた高橋正明(29歳独身)は、言葉にならない声を出した。使い古されたヨレヨレのスーツの肩の部分が、ズルっと滑り落ちるような感覚にとらわれた。 「うーん…だからね、高橋君。ウチの会社無くなっちゃうんだ。吸収合併でね…」  普段から笑顔で人の良さから何人もの部下に慕われている60代後半の課長の表情が、若干申し訳なさそうな色を浮かべている。  高橋が勤めている造林会社は、県内のいくつかの森林の管理や開発をしている中小企業だ。小さな有限会社ながらも地道に着実に業績を積み重ねているはずだ、と高橋自身もうすらぼんやりと感じていたのだが…  とはいえ、日々の業務はオフィス内での事務作業。慣れてしまうと退屈な時間の積み重ねでしかなかった。実際は会社の業績など気にも留めていなかった。  高校を卒業してすぐにこの造林業の会社に就職した高橋は、もうすぐ勤続10年プレイヤーになるところだった。ここに入社した理由は、作業用の小型“メック”を操りたいとの希望があったからだ。  “メック”とは端的にいってしまえばロボットだ。元は軍事目的のパワードスーツとして開発されたものだったが、あれよあれよという間に民間に技術が転用され、今ではミニユンボやフォークリフトなどはこのメックが取って代わっている。二足歩行や逆間接、四脚などさまざまなタイプのメックが世にあふれている。  動力としては水素燃料電池+モーターを組み合わせたパワーユニット。それと各所のアクチュエーターによって大きな四肢を動かす。巨大な手足だが、ボディーはカーボンやFRP製なので軽く、意外とスムーズに動く。  日本という国に男の子(という歳ではないが)として生まれたからには、どうしたってあこがれざるを得ない未来の乗り物だった。それがあと少しで手に届くような環境にあったのに。  高橋は我に帰って、改めて白髪の課長に問いただすように言った。 「えっ、でもさっき合併って言いませんでしたか?だったら僕たちも…」  困ったような顔をしていた課長の眉が、さらに下がってしまった。恐らく何人もの部下に同じような説明を繰り返しているのだろう。申し訳なさからか、手を揉みながら歯切れの悪い説明を続ける。
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