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老人は、手に持っていたコンビニ袋を地面に置くと、白いボロメックの背面に潜りこんでいった。高橋はこれで逃げられると思っていた期待を裏切られ、肩を落とした。一体いつになったら自宅に帰ることができるのか…。そもそもこんなことやってる場合じゃないのに…。
老人が白いボロメックの背面に回りこんでからしばらくして。きゅるるるとセルの回る音がした。本当にかかるのか?と、高橋も疑心難儀でその様子を見守っていたが、その疑いは次の瞬間聞こえてきた轟音と共にかき消された。
ドルン!!
メックのモーター音を聞いて、高橋は胸に熱いものが流れ込んでくる感覚にとらわれた。思わず手にしていたダンボールを落としてしまった。一歩一歩、白いボロメックに近づいていく。
モーター音など、造林会社にあった工業用メックで何度も耳にしている。しかし、目の前の力強い音色は今まで聞いてきたものとはわけが違う。映像でスポーツ用メックのものも聞いたことはあるが、こんなに間近で体感するのは初めてだった。肌がビリビリ震える。
白いボロメックに片方だけ着いていた丸めのライトが点灯し、正面の高橋を照らした。老人が白いボロメックの背面から這い出てきて、高橋の顔を見た後、改めてニヤリとした。
「で、どうするね?」
老人が横からぐいぐいと肘を当ててきた。正面では片目を照らして白いボロメックが次の言葉を待っている。高橋は逡巡した後、地面に落としたダンボールを見やった。開口部から雑に入れられた私物が見える。その中に、印鑑と僅かながら貰った退職金の入った封筒がちらりと見えた。
小鳥のさえずりが聞こえる。自室の布団で寝ていた高橋の意識が、ぼんやりとだが、少しずつ覚醒していく。カーテン越しに顔を照らす光は、東側。やってしまった。いつもの癖で、普段の出勤に合わせて目覚めてしまったようだ。昨日付けで会社をクビになった高橋は、この習慣を今は忌々しく思ってしまった。
のそりと布団を退かして身を起こす。頭が少しズキリと痛んだ。すぐそばには様々なチューハイの缶がいくつか転がっている。いつもは会社から帰って適当なつまみと一緒に1缶だけ晩酌するのがささやかな日課だったが、昨日は自棄になって5缶も飲んでしまった。
「……」
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