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崩れかけた木の看板が示すとおりに進んだ先は、チョコレートが人間を食べているだけの喜劇だった――――文字通り、板に付いたチョコレートが悲鳴さえも上げさせぬ間に人間を食らい尽くしていく晩餐会。
そしてメインディッシュを食べ終えたチョコレートは白のタキシードに身を包みながらも、口から滴る液を袖口で拭っていた。湖畔の傍らに生えた、ナプキンなどには目も暮れず。
〝わたし〟は、ただただメロンソーダとキャラメルポップコーンを両手に、映画館で恋愛映画を見ているように――もしくは、現実逃避を言いがかりにして図書室で人間観察をしているように、――はては、ベッドの中で必死に声を押し殺している少女のように、彼か彼女か――すでに見分けのつかなくなってしまった〝ソレ〟が、少しずつなくなっていく様を、茫然と眺めていた。見守っていた。ただひたすらに、口を開けることさえもせずに。
ふと、チョコレートは〝わたし〟に気づいたようだった。
「やあ。君はチョコレートを食べるかい? それとも人間を食べるかい?」
口調は爽やかな好青年(?)そのもの――――しかし相変わらず、チョコレートの口からは汁が滴り、表面はドロドロに溶けてしまっていて見るに堪えない――――なんと言うか、大事に〝育てた〟泥団子が、ある日ふと手からこぼれ落ちて水溜りに落ちてしまったような姿とでも言えば、遠からず近からずだろうか。
続けて好青年口調のチョコレートは、笑ったか泣いたか怒ったか悲しんだかさえも分からない表情で、〝わたし〟を見つめていた。
「あはは。冗談だよ。僕はお腹がいっぱいになったばかりだからね」
〝わたし〟の興味は、すでにチョコレートの話の内容には向いていないので、チョコレートが〝わたし〟に舌を向けたところで、身じろぎ一つしないわけなのだけれど、そんな〝わたし〟の反応がおかしかったのか、チョコレートは「ああ、お腹痛い」と笑い転げていた。
もっぱら〝わたし〟が気にしているのは、チョコレートがどうやって〝わたし〟を捉えているのか――――ましてや〝見ている〟のか。
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