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――世間には〝マナザシ〟と呼ばれるものがある。言い換えれば〝視線〟となるわけだが、〝わたしたち〟には〝視線〟を捉える能力がある。〝見られている感覚〟という奴だ。特に性別的象徴に向けられる〝見られている感覚〟というのは異常なほどに研ぎ澄まされていて、だからこそ世の中の男性諸君は〝私の胸ばっかり見ていたでしょっ!〟などと言われ、ついでに頬を赤く膨れ上がらせたり、足の小指を踏まれたり、ジト目を返されたりしているわけだ。
まあそんな余談はさておき、
今の状況における〝わたし〟の話で置き換えるのであれば、チョコレートに目があろうがなかろうが、〝わたし〟は今、チョコレートに見られている。
つまり、〝どうやって?〟。
しかしながら結局のところ、さっきから同じことばかりを考えてしまっていて、つまるところ〝わたし〟が答えにたどり着くことは永遠になく、〝わたし〟は首を傾げるばかりだった。ああでも、どうしてか〝わたし〟は、口を開きたくなかったのだ。チョコレートに訊いてしまえば――――いとも簡単に、答えは定まるというのに。
「君がどうしてこんな場所に居るのかなんて、まるで危険なダンジョンの前に居る親切なNPCが言いそうなありふれたことはさておき、ここにいる人間たちは、みんな一様にチョコレートばかりを食べて出血多量で死んでしまったのさ。ホント滑稽だよね~。集中力が上がるとかさ、栄養価が高いとかさ、ダイエット効果があるとか、小腹を満たすのにちょうどいいとかで、どいつもこいつもチョコレートの〝甘言〟に騙されてるのさ。
だから彼らの爪は〝甘い〟ってわけ。どんなものだって多量摂取は猛毒さ――死に顔まで幸せそうで、ホントバカな奴ら」
どうしても口を開きたくない〝わたし〟は、ふと思い出したようにポケットを探り始めた。
そう言えば、メモを拾っていたのだ。飴細工の森の出口付近で、キコリのクマから身を隠していた時に足元に落ちていた切れ端のメモだ。
チョコレートはこれから何が始まるのかと、奇異な視線を〝わたし〟に向けている。何気ない日常に、ふと憧れの芸能人が現れて、デートにでも誘ってくれるんじゃないかという期待感――――けれど〝わたし〟は芸能人じゃないから、チョコレートの期待を裏切ることになるだろう。
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