第1章

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 師匠の吉川伸明八段に注意されて少し間合いを開けると、今度は見事に斬れた。師匠の吉川は七十歳でこの道四十五年の練達者である。  小野は三段昇進を機に、真剣を入手した。師匠の吉川の口利きで刀屋から現代刀を廉価で購入することができた。  「小野さん、今のはよかったね。手の内もよく締まっていたよ」  居合仲間で先輩にあたる佐藤輝夫五段が小野の袈裟斬りをほめた。佐藤は五十歳、奥さんと高校生の子供がいる。大手スーパーの管理職である。  「佐藤さん、お手本を見せてくださいよ」 小野がそういうと、佐藤は、わかったと言って、  「うむっ」  と裂ぱくの気合と共に左下からの逆袈裟斬りで見事に畳表の筒を斬り飛ばした。  「見事。よーし今日はここまでにしよう」  佐藤の試斬を見ていた師匠の吉川の声を合図に、十人ほどのお弟子さんたちが、吉川と対座して座り、稽古仕舞いの礼法・作法をして今日の稽古を終わった。  「お疲れさまでした」  皆それぞれに声を掛け合い、着替えにはいろうとしたとき、佐藤輝夫が一同に告げた。  「えー再来週は日・月が連休になります。この九月の連休を利用して天峰山に一泊二日の登山を計画しているんですが、ご一緒に行かれる方はいませんか」
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