第1章

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一方神崎家では 俺、神崎 楽はずっと部屋に籠りっぱなしでベースを弾き続けていた。 ベースを弾きながら兄貴とのやりとりを思い出す。 一度骨髄移植に成功した兄貴がこの家に戻ってきた時のこと。 手術は成功していたが、抗がん剤で髪の毛は抜け痩せこけた兄貴を俺は見ていられなかった。 霧矢達にどんな明るい表情を見せていたかは大体見当がつく。 しかし俺達家族が見舞いに行ったとき兄貴の瞳は霞みきっていた。 全てに絶望していたんだ。 そんな兄貴が無事に手術を成功させ家に帰ってきたときはこれまでに感じたこともない程の安堵に包まれた。 兄貴が家に帰り一番に向かった先は俺が今弾いているジャズベースの元だった。 移植は成功したが、まだ楽器を弾くほどの体力は回復していない。 すぐさま俺は兄貴を止めようとベースに触れた。 「触るな!」 そんなに痩せ細った体からどうやって出したのかというほどの叫び声が俺をベースから遠ざけた。 今でもはっきりと覚えている。 兄貴の瞳は死んでいなかった。 兄貴は確かに俺を強く強く睨みつけていた。
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