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もっともらしい理由に、綾は言い返す言葉が直ぐには思い浮かばなかったのであろう。口をつぐみ、都季をねめつけている。
なにも言えぬなら食房に参るまで。
都季はほくそ笑み「では」と綾に背を向けた。
しかし、綾がそれを呼び止めた。
「待ちなさい」
都季は心に余裕を持って足を止めた。
綾は気が治まらぬのであろうが、今さらの反論は冷え冷えとした空気をもたらすだけである。
「何でしょう」
あたかも優位に立ったていで都季が振り向くと、刹那、綾の平手が都季の頬を力任せに打った。
都季は頬を押さえた。
後から後から、じんじんと熱が広がった。
「お前は己の立場をよく考えなさい。私に背を向けてよい妓(おんな)は、この雪美館にはおらぬ筈」
綾の声には悲痛な響きがあった。
反論が思い浮かばなんだ故、それを責めたのが明らかであった。
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